プリンアラモードは本当にホテルニューグランド発祥なのか??

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ナポリタン発祥説に対する疑問の他に、実はもう1つ、気になっていたことがあります。

それはドリア、ナポリタンと共に、ホテル発祥メニューの3本柱になっているプリンアラモードが、本当に「ホテルニューグランド」で生まれたのだろうか? という疑問です。

これもさ、なんか腑に落ちないんだよなぁ。

もちろん、きちんとした取材や調査をしたわけでもありませんし、他の有力な説を見つけたわけでもありません。これは単なる覚書として、ざっと読み流していただければと思います。

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ニューグランド様の主張

まずは、2014年にホテルHPへ掲げられたプリンアラモードの紹介文をご覧ください。

アメリカ人将校夫人たちを喜ばせたいと、当時のパティシエが考案したメニューです。 見た目の華やかさや、アメリカ人でも満足できるボリュームを考えて作られました。

【価格】
¥950(税込価格/¥997)

当ホテルは終戦後7年間、GHQに接収され、将校とその夫人が宿泊し、 ボールルームでは、アメリカから送られてきた最新の映画が上映されたそうです。 そんな特殊なホテルだけに、デザートに関しても、将校夫人が喜ぶものを出す必要がありました。

「お料理好きの奥様から、アメリカの有名なお菓子学校の教科書をいただき、 それでいろいろ勉強したり、サジェスチョンを受けたこともあったようです。 味だけでなく、量もアメリカの方々に合わせないといけません。向こうのデザートは、 本当にドーンッといった感じで出てきますよね。プリン一個だけというわけにはいきません。 そこで、アイスクリームや、アメリカから送られてきた缶詰の果物と組み合わせて出したんです」

それだけの量だと、従来のデザート皿にのせるのは無理。 そこで、開業当初から鰊の酢漬け用に使っていたコルトンディッシュという皿に盛りつけられた。

現在に至るまで、プリン ア ラ モードには、その皿が使われている。
これで「量」も満足できるものが完成したが、ホテルのスタッフはそれだけで満足しなかった。見た目にもこだわったのです。

「フランス料理に、アローというカット方法があります。そのやり方で林檎を切りました。林檎に用いたのは、ニューグランドが最初だったそうです。将校夫人からは、ウサギのようだと評判になりました」

なんと、世の母親が子供の弁当に入れるウサギの林檎も、その時に誕生したのです。

ホテルニューグランド発祥 プリン・ア・ラ・モードより【2014年】

次は2021年現在の紹介文です。

アメリカ人将校夫人たちを喜ばせたいと、当時のパティシエが考案した一品

【価格】
¥1,633(消費税・サービス料込)

終戦後7年間、GHQに接収されていた当ホテルは、その期間、将校とその夫人が宿泊していました。

ホテル内のボールルームでは、アメリカから送られてきた最新の映画が上映されるなど、横浜の中心にありながら、ここだけ外国のような特殊な場所であったため、デザートに関しても、将校夫人が喜ぶ、見た目にも華やかさで満足できるボリュームのものを出す必要がありました。

「お料理好きの奥様から、アメリカの有名なお菓子学校の教科書をいただき、 それでいろいろ勉強したり、サジェスチョンを受けたこともあったようです。 味だけでなく、量もアメリカの方々に合わせないといけません。向こうのデザートは、 本当にドーンッといった感じで出てきますよね。プリン一個だけというわけにはいきません。そこで、アイスクリームや、アメリカから送られてきた缶詰の果物と組み合わせて出したんです」

ただ、これだけの量のデザートを従来のデザート皿にのせるのは難しかったため、コルトンディッシュという特殊な器に盛りつけて供されました。

この洗練されたスタイルから、このデザートは、“プリン・ア・ラ・モード”と呼ばれるようになりました。今も、「プリン ア ラ モード」には、その器が使われています。

ホテルニューグランド発祥 プリン・ア・ラ・モードより(2021年)

いやいや、めっちゃ、値上がりしてるやん!! 

この間、消費者物価指数2ポイントちょいしか上がってないんじゃぜ!

さらに容赦なくツッコミめば、ウサギさんカットのリンゴはニューグランド発祥という、これまた怪しさ満点な記載が、数年の後にスッと消されている点も見逃せませんね。

あれもこれもで、きりがないため、一々深堀りはしませんけど、軽率に吹かす癖のあるホテルであることが確認できますよね。

などと冒頭から脱線してしましたが、プリンアラモード発祥ストーリーに話を戻します。

なんだか、情報量が少なくて、日時や場面についても漠然とボヤけた印象を受けませんか? ここではドリアのサリー・ワイル氏、ナポリタンの入江氏のように、具体的なインベンターの名前が出てこないのです。

4代目総料理長の高橋氏が饒舌に語り、様々なニューグランド発祥説のバイブルとなった書籍「横浜流」にも、どういうわけかこのメニューについては項目がなく「プリンアラモードもホテルニューグランドが発祥」 という写真キャプションの一文くらいしか掲載されておりません。

日本初のプリンアラモードは誰が、いつ、どのように生み出したのか? 本当に発祥時の具体的な記録が残っているのでしょうか? 

プリンアラモードの発祥とは?

まずは何をもって、プリンアラモードの発祥とするのか?

料理としての定義は ”カスタードプディングにフルーツやアイスなどを盛り合わせたデザート” といったものになりましょうか。

今日においては、平皿やサンデーグラスに盛られることもあるので、器の形状については、不可欠な要素とはいえないかもしれません。ただ、我々の頭の中に浮かんでくるプリンアラモードといえば、脚付舟形ガラス器に盛り付けられたものなので、意匠のオリジナリティも主張できそうです。

最後に独特なネーミングですよね。

ニューグランドとしては、従来、単体で提供されていたプリンに、アイスクリームや缶詰果物を盛り合わせてボリュームアップした工夫と、本来は前菜用だった器に盛り合わせた点が画期的だったという主張でしょう。

名称については、”名付けた” ではなく ”呼ばれるようになりました” としている点が、ひっかかります。

謎の器 コルトンディッシュ

なるほど、プリンアラモードの器は ”コルトンディッシュ” っていうのか。

知らなかったなと、ざっと検索してみたのですが この ”コルトンデッシュ” については、ニューグランド関連の記事にしか出てこない謎の言葉なんですよね。

不思議だなと思っていたところ、「婦人画報」に以下の記載を見つけました。

〔コルトンディッシュ〕元々、シュリンプサラダなどの前菜を盛るための器で、「クルトンディッシュ」が正式名称。食事とともに楽しむ「クルトン」(薄切りバゲット)をのせたことに由来する、ホテルニューグランド独自の呼び方とされる。

https://www.kateigaho.com/food/temiyage/89912/

ちなみに「クルトンデッシュ」「crouton dish」「croûton plat」でも、やはり何も出てきませんので、正式名称以前から、ホテル内でしか通じない呼び方なのかもしれません。

しかし、ワイル氏の由緒ある厨房において、そんな内輪のドメスティックな名称が使われていたのでしょうか?

さらに腑に落ちないのは、プリンアラモードが全国伝播する起点となった厨房で使われた、特殊な器の名称がその後の他店へ全く引き継がれていない点です。

”コルトンディッシュ” とは、いったいどんな器なのか?

ホテルの説明には ”現在に至るまで、プリンアラモードには、その皿が使われている” とあります。それはつまり、この写真の器のことですよね?

でもさ、かつてのクルトンが薄切りバゲットだったとしても、この器に盛り付ける様が想像できないんだよな。エビサラダや酢漬けニシン用だとしても、もっと平たいものに並べるのではないかという疑問が浮かびませんか?

当初は、ありあわせの器に盛り付けていたという話が本当だとしても、歴史のどこかで、別の器に置き換わって、今日に至るのではないでしょうか?

そうなると ”レシピも内容も当時から変わっていない” という話も、どの時点からなのかを確認する必要がありますよね。

ちなみにホテルの80年史に載っていた昔のメニュー写真では、シレっとサンデーグラスに盛られていて、謎が深まります。

むしろ、下のクープニューグランドの方が今日のプリンアラモードに近いような…

90周年では平皿盛りだし、なんなん?

バナナスプレッドの器では? 

How to make a classic banana split | Australia's Best Recipes

言葉の響きからして、フレンチ由来を漂わせるプリンアラモード。

しかし、進駐軍の将校婦人のために仕立てたというストーリーの通り、デザートとしてのインプレッションはむしろアメリカンですよね。

器の話に戻りますが、今日の業務用食器店では件の脚付舟形ガラス器を、バナナサンデー用、バナナスプリット用として販売してるのよ。

日本ではあまりお目にかからないバナナスプリットですが、1904年に生まれ、当時はアメリカの定番デザートとして浸透しています。

半割バナナがはみ出さないオーバル型と、溶けるアイスクリームを受け止める堀の深さ。プリンアラモードの器はニシンの酢漬けよか、バナナスプリットのためのものと言われた方がしっくりきます。

ちなみにアメ公はアホほど盛るから、本場の器は安定感のある足無しのものが主流になっているようですけれど。

強いてオードブル用というのなら「スカンディア」のスモーガスボードの器がそれっぽいけど、かのお店でリーフ型のガラス皿に盛るスタイルがどれだけ古い習慣かは分かりません。

脚付きの器については、西欧には果物等を盛るコンポート皿と呼ばれるものがあり、サンデー用、アイスクリーム用のグラスがあり、そういうものが変形して今の舟形になっていったのかなと想像します。

そうなると、全く異なる用途の器に盛り付けたというニューグランドのオリジナリティは、どこまで信じられるのか。むしろ米国から持ち込まれたデザートのイメージの方が先行していたんじゃないかと考えるのです。

バナナが手に入らなかった代わりに、プリンでやっつけたとかね。

クープニューグランドとの重なり

今ではプリンアラモードの影にすっかり隠れてしまいましたが「ホテルニューグランド」には他にも名物デザートが存在します。

写真5
ハマトクより拝借

それがクープ・ニューグランド。

件の「横浜流」にはこんな記載がありました。

ホテルニューグランドが発祥となった料理の数々ですが、当ホテルならではのデザートもあります。

将校婦人たちのお気に入りだったデザートで、その名も「クープニューグランド」 進駐軍が持ち込んだ缶詰のチョコレートソースと洋梨を使ったもので、チョコレート好きのアメリカ人のために作られました。

サンデーグラス、仏語でクープと呼ばれる器にまずバニラアイスクリームを入れ、その上に洋梨をのせ、ホイップドクリームとチョコレートソースを半割に合わせて上からかけ、砕いた胡桃をふりかける。そして周りをホイップクリームで飾ります。

いつしか婦人たちの話題となり「クープニューグランド」と呼ばれるようになりました。「ニューグランド」と名前がつけられてしまったので、他のレストランやホテルでは作ることの出来ないデザート、当ホテルだけの本当のスペシャリテです。

ちょろりとも触れられていないプリンアラモードに比べると、こちらについては随分と饒舌です。

接収期。将校婦人の要望。持ち込まれた素材のありあわせ。使われる器が特徴。命名はお客さん。これらはプリンアラモードとそっくりな要素なんだよね。実はどこかで両者がごっちゃになってるんじゃね-かという気が、実はしています。

クープニューグランドについては、そのままホテル名を冠していることだし、ニューグランド式のトマトソースナポリタン同様、他店には広がってないことからも、ホテル発祥メニューとしての信憑性があります。

ただ、そんなマイナーメニューよか、全国的知名度のあるプリンアラモードを旗印に掲げたいホテルの思惑でもって、せっかくの伝統メニューがすっかり日陰の存在になっている哀しみです。

ア・ラ・モードの由来

プリンアラモードとクープニューグランド。

同じ厨房で同時期に開発され、共にアイスクリームと缶詰果物、クリームなどでデコレーションする共通点もあり、器が特徴的という2つのデザートです。

なぜ、同じような規則性を持つ名前がつけられなかったのでしょうか?

なぜ、プリンニューグランドでもなく、コンポートアラモードでもなかったのか? 

名前についても考えてみたいのです。

日本ではほぼ ”プリン” の後にしかくっつかない ”ア・ラ・モード” という言葉。元々は当世風という意味ですが、ブフアラモードのようにフランス料理の用語にもなっていますよね。

しかし、プリンアラモードのそれは、ワイル氏や欧州由来ではなく、アメリカ経由で入ってきたものだと思います。彼の国では1890年頃から、アップルパイ等にアイスを添えた “pie à la mode” が流行しました。

ニューグランドは「この洗練されたスタイルから、このデザートは、“プリン・ア・ラ・モード”と呼ばれるようになりました。」とテキトーを語りますが、デザートのおける ”アラモード” とは「菓子や果物の上にアイスクリームを乗せたもの」という認識が、すでに米国内では定着していたと考えられるのです。

どちらにしても、ニューグランドが創出した言葉ではなく、さらにいえば命名者は当時のお客さんらしいというのがポイントです。

関西のごく一部のお店では、”プリンファッション” と呼ぶこともあるようですが、アラモードからアレンジしたものか、はたまた別の発祥ルーツがあるのかは分かりません。

プリンアラモードはどこで生まれたのか??

プリンアラモード自体がアメリカから輸入されたメニューではないのか?

少なくともこの説は可能性が低そうです。

プリンてば、アメリカではそれほどメジャーな存在ではなさそうなんだよね。ドラマなんか観てても ”Flan” とか”crème caramel” として露出することが多く、今日でも「pudding à la mode」の検索では、ほぼ日本のものしか引っかからないため、独自のデザートである気配は濃厚といえます。

そもそもカスタードプディングをプリンと略して通用するのは日本だけなのかもしれませんしね。

なお、カスタードプリン自体は明治期にはすでに入ってきているようなので、それをアイスやフルーツと盛り合わせたものが、本当に第二次大戦後のホテルニューグランドで初めて生まれたものなのか? 

他のホテルなども含め、当時のメニュー等を見比べることができれば参考になるのですが、現時点ではなんとも言えませんね。

ナポリタンの前科があり、またホテルの掲げる話に怪しげな部分もあり、ニューグランドにおけるデザートの評判が、直接、全国のお店に伝わった経路も見えません。例によって、ニューグランド中華思想を安易に唱えているだけなのかなとも感じています。

ファミレスなり、業界団体がメニュー化した際のモデルがどこにあったのか?

今後の有志の研究が待たれます。

コメント一覧

  1. シーフードドリアもお願いします。

  2. >匿名さん
    ドリアについては、3つの中で一番信憑性があるかなと思います。
    やはり「日本の西洋料理」さんのHPが詳しいです。
    http://seiyouryouri.yokohama/alacart/doria.html

  3. 『歴史街道』だか何だかその辺の雑誌に「米海軍は艦船上で禁酒にした代わりにアイスクリーム製造機を設置した」って記事が有ったんですね、多分五年以内の記事。当時私はアメリカ人のアイスクリームに対する思い入れを知るに至ったわけです。大日本帝国海軍では潜水艦の中ですら喫煙・飲酒ができた(作戦行動中でも)のですからさすが禁酒法の国と思ったり、ソルトレイクシティ冬季五輪でユタ州ではモルモン教の影響で嗜好品(飲酒の代わりに)はゼリーと喧伝されて文化の違いを感じたものです、制服の胸のボタンをねだられる彼女もゼリーなのかな?
     日本の間宮って大歓迎されたみたいだけど、一隻だけだしね。
    「プリンアラモード」「クープニューグランド」って主眼はアイスクリームやホイップクリームに有るのかも知れません。不二家の創業地は元町だし、山手駅って元々は牧場だし、新鮮な牛乳が容易に入手できた地の利が有りますよね。学校給食を通して日本人の生活に乳製品が有る程度流通したにもかかわらず、神奈川ミルクプラントを存続し続けさせた事からも生活に欠かせないのかなぁと邪推します。

  4. >はってばってさん
    マッカーサーがニューグランドに泊まった時は食材が乏しく、干し鱈を牛乳で戻したものをメインに出して、手を付けられなかったって書いてありましたね。
    フルーツやソースは米軍の缶詰を使ったようですが、卵や乳製品というのは終戦直後にどういう流通状況だったのでしょうかね。

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