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【移転】小倉・平和通「だるま堂」の天窓(だるま堂味)

小倉は ”焼きうどん発祥の地” としての街おこしをしております。

戦後、焼きそばを作ろうにも麺が手に入らなかったので、手近なうどんで代用したのが事始めというストーリーは、商店街の中でならともかく、全国初を謳うにはだいぶ厳しいかなと思いますが、主に乾麺うどんを使っている点は、面白い特色です。

ご当地には、かつて労働者を支えた屋台や鉄板食の文化が根強く残りつつも、あまり目立つ形ではアピールしていないので、その辺の掘り起こしもひっくるめて、シンボルとしての役割があるのかな。

とりあえず、元祖を名乗る「だるま堂」を覗いてみました。

「鳥町食道街」という、込み入った闇路地に立地する小さなお店よ。

実のところ、婆さんがやっていた元々のお店はすでに途絶えており、その跡を「小倉焼うどん研究所」が引き継いでリニューアル営業をしている形です。

2階にはテーブル席もあるみたいですが、1階はカウンター4席のみの超手狭な環境でさ。ちょっと来客が重なると厳しそうで、親父がカリカリしながら麺を焼いておりましたよ。

名物の天窓をいただきます。

焼きうどんの中央に卵を落とした様を、天窓から見る月に見立てるという、なんとも風雅な命名なのですよ。

この庶民的な実物との落差な!

注目は、卵ではなく、むしろ薄い小麦粉の生地の上に乗せて焼かれている点ではなかろうか?

少なくともこの天窓については、焼きそばの代用というよりは、お好み焼のアレンジ的な調理になっていたのです。親父いわく、元々お好みを焼く際にお客の要望で焼きうどんを乗せたという経緯があるなんだって。

ただ、生地が必要かというと、お味の相乗効果は薄く、玉子の白味かなと食べてみると生地の切れっ端なので、なんだかビミョーなんだよな。

お店では乾麺を使う、だるま堂旧来の焼きうどんと、生麺を使う研究会式の2種類が提供されており、ソースも旧味のものはさらりとした酸味のあるウスター系、新味は粘度あるお好み系を使い分けているようでした。

私はだるま堂味をいただきましたが、元々の調味は淡めで、わりと貧しいお味なのよ。隣の出張ニーチャンもソッコーで卓上ソースに手を伸ばしてたし、研究会方向への進化も必然なのか。

そもそも平打乾麺のメリットがあるかというと、もっさりまとまったものをいただく感じになるし、物資難が落ち着いて以降も、この乾麺を使い続けた理由はよくわかんない。単に保存が効くからだったのかも。

ご当地には他にも ”一銭洋食” や ”うす焼き” という形で、今日の混ぜ焼や広島式に進化する前のお好み焼の痕跡が残っているのですが、食の歴史の中で削ぎ落とされてきた遺物としての価値なのかなと考えます。

面白いけど、そんなに旨いもんではないのが、古式のリアルか。

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